――バイト先――…06/06/30



 栗原は、肩を落として溜め息をついた。
「やぁだぁ。若いのに溜め息なんかついちゃって」
 後ろからかけられたオバサンの声に更にげんなりしつつ、向かった
先は休憩室。
 本の在庫を置く倉庫と薄い壁一枚隔てた、給湯室に机を運びこんだ
ような狭い部屋。いつも薄暗くて、いつも涼しかった。

 ドアを開ける手が重い。今のペースで行くと閉店までに作業が終わ
らない。ここでさらに休憩なんて入れられてしまったら、一緒に閉店
するあのお方も帰りが遅くなってしまう。
 あのお方とは、この休憩室に既におわします、鷺沼女史だ。

「うわ、死相が出てるよ栗原。最低だな、あと二時間くらいの命だろ
うさ。残念だね、まだ若いのに。きりきり働かないからそんなのっぺ
りした奇妙な細長い顔になっちゃうんだよ」
 これが、鷺沼女史。歴史に残るどころか、世界史の教科書に赤字太
字で載ってもおかしくない。
 もはやなにも言い返せず、栗原の肩はさらにがくんと落ちた。
「なんだなんだ、もうすでにミイラだったのか。あたしの予想も案外
当たらないな」
「当たったらそりゃ駄目でしょう。女史も、今日は帰れなくなります
よ。俺がいなかったら誰が家に送ってくれるんすか?」
 にっと笑った女史に、栗原は小さく後悔する。
「お前を蘇らせてでも送ってもらう」

 女史は店長にすらこの態度なので、もはや誰もつっこまない。本屋
のバイトながら、常に尊大だ。
「勘弁してください。一度死んでから生き返るなんて面倒なことした
くないですよ」
「馬鹿言うな。生き返らせるのはあたしだ。面倒なのはあたしの方だ
から、そこらへんは感謝しろよ?」
「じゃあ生かしておいてくださいよ」
「勝手に死相をかもしだしてるお前が悪い」
 無茶苦茶すぎて話にならない。だから歴史に残ってしまうのだ。人
をけなすことにとことん長けている人物として。
「栗原〜鷺沼〜、ちょっとお前たち残れな。色々話があるしな」
 店長から心洗われるような低いバリトン。年をとるならああいうダ
ンディズムになりたいものだ。
「私らが残らないで誰が閉店するんですかてんちょお」
 にっこりと言う鷺沼女史はどことなく美人だ。そう思えてしまう自
分が、栗原はとても憎かった。
「あ、そうか、お前たち今休憩か。いいや、ちょっと時間良いか」
 話って何だい、といじけたように女史は飴を口に入れてから歩きだ
す。

 女史はイチゴの飴が好きだった。

「おーい死にかけ。さっさと来ないと置いてくぞー」
 尊大な彼女を怒らせないように。
「はあい」
 栗原はゆっくりと仕事場へ歩きだす。
 気持ちは少し羽の軽さを思い出した。
 ほんの少しだけ。


【アトガキ】
人との出会いは一期一会ですので失礼のないように初めまして。
「バイト先」をお届けいたしました・松江です。
全て携帯で打ち込んで作成したもので、完璧な書下ろしです。
こんな同僚がいます。私のバイト先にも。
大変ステキな職場でよかったです。
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