――海――…06/6/16


















「海ぃー! いやっほーい!!」
















奇声に近い叫び声が響いた。
ダダダ、と駆け出し、海に飛び込む。
全身が濡れている。
上半身のみ海から出し、頭を左右に振る。
水飛沫。
其の姿はまるで犬。
其れを見ている少女――カリン・エルメス。
カリンは呆れ顔で犬もといリェル・アキエルを見ていた。
冬の海に飛び込む彼はバカなのだろうか。
「さみぃー!!」
バカ決定。
カリンは砂浜に腰を下ろして、ぼんやりと眺めていた。
リェルは勢いよく海から飛び出し、カリンの下へやってくる。
「やっぱ冷たいわ」
ヘラリと笑う。
「………馬鹿?」
「だってさ、海だもん。やっぱ入っとかなきゃ」
「あ、そう…(頭はいいのになぁ)」
カリンは軽く首を傾げた。
目の前のへタレ馬鹿男は学年トップの頭脳を持っているのだ。
信じられない。
「カリン? 何、どうしたの?」
「別に」
ふい、と視線を逸らす。
長い髪が風で靡く。
冬の風は冷たい。
「何か冷たくない?」
リェルはカリンの顔を覗き込む。
「そう?」
「うん。俺、なんかした?」
シュン・と情けない表情になる。
カリンに冷たくされると、不安で不安でたまらなくなる。
今にも泣き出しそうなリェル。
カリンはふっ・と力なく微笑んだ。






「海がね、少し苦手なのよ」






小さい頃、溺れて。





足がつかなくて。





周りには誰もいなくて。










死ぬかと思った。









それ以来、海には近づかないようにしている。











溺れた。











死ぬ思いをした。










でも、そんな厭な思い出でも、あの頃は幸せだったから…











幸せだったあの頃を思い出す。









「だからリェルが何かしたとかじゃないから」












いつも強気な彼女がはじめて見せた弱い部分。











リェルは少し戸惑った。











迷ったとき。





自信を失ったとき。






弱気になったとき。











「リェル! しっかりしなさい!」











渇を入れ、背中を押してくれたのはカリンだった。











いつもリェルを引っ張り、前へと導いた。












「カリン!」
リェルはカリンの頬を両手で包みこんだ。 
「え、何!?」
リェルの突然の行動に動揺を隠せない。
「目瞑って」
「はぁ? なん…「いいから」
カリンは首を傾げつつも、目を瞑った。
リェルの手が震えている。
「リェル…?」
名前を呼ぶと同時に、額に衝撃が走った。
思わず目を開ける。
「何!?」
カリンは自分の額に触れる。
少しだけ熱帯びている。
リェルの額も少し赤い。
ぶつかったようだ。
「痛かった?」
「痛くはないけど…」
「なら良かった」
ヘラリ、と緊張感のない笑顔を浮かべる。
「カリン、足だけでも入ってみない?」
リェルは海を指差した。
「今は足もつくし、俺も居る。それに…あの頃を思い出したくないなら、違う思い出にすりかえればいい」
そういい、立ち上がって、手を差し出した。
カリンはじっ・とリェルを見つめる。
そして靴を脱ぎ、恐る恐るリェルの手に自分の手を重ねた。
リェルはカリンを起こし、海へと向かった。
震えるカリンの手を強く握る。
カリンはつま先を水中に入れた。
「冷た…くないや……」
「意外と水中は温かいんだよね」
「そうなんだ…」
ぎゅっ・とリェルの服の裾を掴み、足全体を水中に浸す。
「どう?」
「…気持ちいい」
不思議な感覚。
恐怖とか、そんなもの全部流された。
そんな気持ちになった。
「でしょ?」
「うん…」
カリンは自分でも信じられなかった。
「苦手克服、だな」
ニッコリと笑うリェル。
嬉しそうだ。
「ありがとう」
驚いた。
いとも簡単に克服できたことに。
そしてリェルがいる、それだけでこんなに安心できることに。
「ねぇ、リェルはないの? 苦手なもの」
何となく聞いたつもりだった。
「苦手なものねぇ…」
リェルはふと砂浜に目をやった。
途端に、リェルの笑顔が引きつる。
「どうしたのよ」
「いや、あの」
見る見るうちに顔が青ざめていく。
こわばる。





「リェル?」





軽く裾を引っ張った。









「俺さ」









カリンの手を握る。









「うん?」










「ね、こ…」











「猫? 猫がどうしたの?」























「猫がダメ…」






















リェルの視線の先を追う。
キラリと光るものがあった。
動く。
道路に飛び出し、消えていった。
ふっ・と手の力が抜けた。
「リェル?」
「こ、怖かった…」
ポツリと呟く。
そんなリェルを見て、カリンは爆笑した。
笑い声は誰もいない砂浜に響き渡った。





























【アトガキ】
改めて、初めまして。
霧夢 幽那です。
私が書いているオリジナル小説『a jack-of-all-trades』の主人公2人です。
ヘタレなリェルとしっかり者カリン。
リェルは雪弥ちゃんも認めるヘタレキャラでございます(笑)
とても愛しいです。
さて『海』というお題ですが。
ヘタレっぷりをどう表現するか…とても難しかった。
表現できているのかもわかりませんが(何)
皆様に楽しんで頂けたら、幸いです(ペコリ)それでわ、この辺で。
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