――スキー場――…06/06/30


 寒い。
 がちごちしていると、となりに立っていた木偶の坊はひょいとカイロ
を投げ寄越してきた。
「このくらいの覚悟と準備くらいしておけ」
 彼が優しくないのは、言動からも、開けられて数時間経ったふうの
カイロからも明らかだった。
 暖かくない。それに、どこかくったりとしている。
 俺は、そうっと彼を睨んだ。そして、その周りの環境も。

 どうしてか今まですれ違った女性はみな振り返ってこの無愛想な男に
熱烈な視線を送る。
 明らかな誤解もしくは間違った判断です、と面と向かって断言したい
が、しない。そんな女は、実際こういう無愛想な男と付き合って打ちの
めされてしまえばいい。それでこそ俺みたいな優しい面白い男がよく
見えるってもんだ。

「お前みたいな準備万端な人間なんかそうそういねえよ。貴重な存在過
ぎて国に保護されてんじゃないのか?」
 腹が立ったら相手にぶつけろ、は我が家の家訓だ。
「残念ながらそこまで希少価値のある人種ではないつもりだが? お前
のような考えなしだって珍しいわけじゃないから、日本も堕ちたもん
だ」
 横目でさらっと言われてしまい、しかもそれ以上の取っ掛かりがなく
なってしまい、俺は口を開いたまま怒りで硬直した。


「島くん? 滑んないの〜?」
「ぅあ、今行く!」
 愛らしい笑顔が二つ、リフト乗車場からのぞいている。
「さしものお前も、葛西と鈴木には従順なのか」
 いっそ感動したように言う男の方がモテルのは、もう気にならない。
どうせなら見る目ある女性に出会いたい。彼女たちは少なくとも俺と男
とを同等だと見なしてくれる、貴重な存在なのだ。特に、おとなしい葛
西さんは。
「俺は女の子には優しいんですー」
「でも俺が例え女でも容赦しないだろ?」
「お前が女になったら思いきり笑ってやるよ」
 ざかざかとスキーを操って。

 リフトのとなりには、ちっとも可愛くない木偶の坊。
 女の子の友情に割り込めなかった俺を、木偶の坊はリフトを降りるま
で、腹を抱えて笑っていた。



【アトガキ】
どうにもやる気のない文章を読んでくださってありがとうございます。
「スキー場」をお届けいたしました・松江です。
携帯で打ち込んだものに若干手を加えました。書下ろしです。
スキー場は雪だるまになるための場所だと思っていた者ですので、
リフトは雪だるま製造工場のベルトコンベアと同じに見えます。
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